プロフィール

はじめまして、心理カウンセラーのえっこです。

過保護、過干渉で育ったわたしは、いつも人任せ運任せで生きてきました。

けれど、心の奥深くでは、こんなんじゃいやだ。
もっと私らしく生きたい。

よりよい人生にしたいと願ってきました。

思い切ってカウンセリングを受ける事により、そういった内なる声に気づいてわたしの人生の流れは、少しずつ変わっていったのです。

わたしがどう生きてきたか、興味がある方にプロフィールを読んでもらえたら嬉しいです。

過保護、過干渉で育った子供時代自分の羽で飛べない悔しさ

「こんな自分、もういやだ…」
そう心の奥で小さく泣いていたわたしがいました。

わたしは、過保護、過干渉の両親に育てられました。

愛情もいっぱいもらいました。

けれどその反面、自分のあれこれを全部やってもらうことに腹立たしさも覚えていました。

小学校のころ、習字の宿題をわたしがコタツでやっていた時に墨をこぼしたことがあります。

父は「子どもがやっても、きれいに拭けんけ、わしがやる」と言って拭きました。

わたしは「そのぐらい自分でできるのに・・・」と情けないような腹立たしいような気持ちでした。

また、子どもの頃から、将来は「学校の先生になるのもいいな」という漠然とした思いがありました。

ですが、わたしはその気持に確信が持てず・・・

高校の進路を決める時、どうしたいいのか分からずにいた私に、母は商業科を勧めてきました。

「なんで!?」と思う私に対して、母は「親のいうこと聞いときゃ、間違いないんよ」との答え。

私は「えー」と反感を感じつつも、それ以上深く考えることもなく、渋々従うことに・・・

こういった経験が積み重なったことに、耐えられなくなったのか。

成人したわたしは、何があっても親に対しては「関係ない、放っておいて」というのが口癖となっていきました。

社会人幼稚園生のわたし自分の甘さを痛感する日々

そんなわたしですから、いざ社会の荒波に出てみると自分の甘さを痛感しました。

内面は頑固なくせに優柔不断でもあり、なかなか決められない。

ちょっとなにかやっては投げ出す。
時間にも甘く、遅刻も度々する。

そんな社会人幼稚園生でした。

波乱づくめの結婚生活思いやりのないケンカばかりの日々

結婚に対しても大した覚悟もなく
「まぁ、この人でいいか。ダメだったら離婚すればいい」 

今なら頬をひっぱたきたくなるわたしでした。

そんな結婚生活がうまくいくはずもなく、お互いの主張をぶつけてばかりのケンカに明け暮れる日々でした。

2階から聞こえてくる夫のいびきを聞きながら、台所でやけ酒をあおって泣いているわたしでした。

そんな生活でしたから、負のエネルギーが溜まっていたのでしょう。

わたしは、ロングスカートを自転車のタイヤに挟み込み、足を取られ転倒してしまったのです。

立てなかった私は救急車で病院に搬送されました。

足を3ヶ所も折っており、そのまま手術、入院。

入院中も、そして1か月後にギブスをしたまま退院した時も、夫からの優しい言葉、気遣いはありませんでした。

私の両親が相次いで亡くなった時も、夫の価値観を押し付けられ、わたしに寄り添ってくれることはありません。

こういった気持ちのすれ違いが続き、私たちは別居にいたりました。

別居生活を経て気づいたこと
距離を置いてきたことで見えてきたもの

ここまで来て、切羽詰まった私は、カウンセリングを受ける事にしました。

そこで言われたのは、わたしと夫では価値観がまるで違うということ。

「配偶者には寄り添ってほしい」と願うわたしに対して、
夫は「そんなことはできない。むしろ、それは男の役割ではない。別のところで自分を見てほしい」そういうタイプの人だったのです。

それがわたしの一番の願いであるにもかかわらずです。

また、夫は亭主関白の家で育ったものですから、
「女は男を支えるべき、敬うべき」といった考えの持ち主です。

わたしは「自分で決めたい、自分の足で歩きたい。あなたの望む奥さんにはなれないし、なりたくない」という考えでしたので、やはり合うはずがありません・・・

全く違う理想をお互いに求めていたのですから、気持ちはいつまでも平行線です。

また、経済観念でも大きなすれ違いがありました。

夫は男は恥をかかぬよう、財布に余裕をもってお金を入れておかなければならないという考えで、
倹約家の父の元で育った節約志向の私とでは、ケンカの火種になることが満載でした。

カウンセリングを受ける事によって、この価値観や気持のズレは埋められないんだなと気づきました。

そして、別居を選んだことは間違いではなかったなと感じています。

なぜなら、離れたからこそ、お互いを思いやる言葉も出てくるようになり、新しい関係性ができてきたからです。

時々、自問します。
「夫を本当に愛していたかな?」
「信じようとしていたかな?」

そう問いかけると答えに詰まる自分がいました。

たくさん傷ついてきました。そして傷つけあってきました。
ですが、今は憎んでいません。

もし、この人になにかあったら、わたしは泣くと思うのです。

けれど私は現状に留まることなく上昇していきたい、飛びたいと思うのです。

今後はどういう形になるかわかりませんが(このまま別居か離婚か)、「今はこれでいい」という気持ちで落ち着いています。

現実は自分の思考の反映それに気づくまで何度も繰り返す

わたしたちは、どれだけケンカしてきたのか、どれだけ傷つけあってきたのか。

なぜ同じパターンを繰り返すのかわからずにいました。

私自身もまた、愛を信じられず、自分を守ることで精一杯だったのかもしれません。

わたしの内側が映し出したスクリーン、それが現実なのだと気づいたのです。

むかし、わたしは自分中心の冷たい人間だと思ってました。

でも今は、自分も傷つきたくないけれど、相手も傷つけたくないといった、相手の気持ちもわかる自分になれたと思います。

だから、いつでも自分に聞いていきたい。
「どうしたい?わたし」

そして、あなたにも聞いてみたい。
「どうしたい、あなた?」

わたしは親が過保護過干渉であったとはいえ、大事にされた思いがあるからこそ、自分を心底嫌いにならずにすみました。

ダメなとこだらけのわたしだけど、それでも私の中の小さな私を抱きしめてあげたい。
そんなふうに思えます。

虐待やDVなど大きな傷はないけれど、小さな傷はいっぱいある。

けれど、それも自分で自分に寄り添ってあげることで光に変えていけるのです。

未来に希望を持って生きたいあなたへ

「自分は愛されている」と思えた時、世界が優しく変わっていくこと。   「自分は価値がある」と心から思えた時、本当に自分を大切にできること。

そんな気づきを、わたしはあなたと分かち合いたいと思っています。

苦しかった過去が、いつしか誰かの光になる。                それをわたしは知っています。

どうか、ひとりで悩まないで。                          わたしと一緒に、心の中を見つめてみませんか?

あなたらしい生き方をあなたと一緒に見つけるお手伝いができたら幸いです。
あなたからのご連絡をお待ちしております。


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